【Movie】【Book】Hello Handsome Devil ~オム・ファタールの夢~

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さて、最近すこし前の記事なのですがこういう文章を読み「ファム・ファタールにあたる男性像」のことを考えていました。
Is there a male counterpart to the “femme fatale” of film noir?
nightmare-alley-power-blondellここで挙がっている『悪魔の往く町(Nightmare Alley)』『Turn the Key Softly』『The Hoodlum』は未見なのでいつか見てみたいと思います、というのはさておき。
ノワール・ヴィランではなく、あくまでも「オム・ファタール」という存在。以前に『定型が反転するとき~女とノワールの可能性~』の記事を書いたときにも、「男を介して女同士が向き合う」構造がある作品や男性キャラクターの設計について触れましたが、私は男女キャラクターの定型からのツイスト(必ずしも反転に限らない)が大好き。ファム・ファタールという言葉のイメージ――どうしようもなく抗えない性的(かつそれだけでない)魅力を持った、破滅を呼ぶ運命の女であり、多くの場合「上昇しようとする」女――というキャラクターを現代的な倫理観の中で定型通りに描くのはかなりの難題ではあるのですが、そこが「男性キャラクター」として描かれることで別の色彩が出てきます。(ちなみに個人的には現代のファム・ファタールの最高峰はファム・ファタールの一人称で徹底的に「私は私の資産です」と言い続けるようなドラマ版『ガールフレンド・エクスペリエンス』のライリー・キーオなんですが、これはまた別の話。)というわけで今夜はフィルムノワールのイメージとして定型になっている「流されてしまいたいという欲望を抱かせてやまない女」の「女」の部分を「男」として描くことに意識的な作品をいくつか紹介したいと思います。

■『ブエノスアイレスの殺人』
muerte-en-buenos-aires-32014年のラテンビート映画祭で上映された80年代のブエノスアイレスを舞台ににしたネオン・ノワール。残念ながらソフトは出てないのですが、Netflixで見られます。「謎めいた美女に堅気の男のまっとうな生が破綻していく」「手に入れたい夢を抱いてしまうことそのものが地獄への招待状」というフィルム・ノワールの主人公が「堅気の男」であるところはそのままにファム・ファタールを美青年に置き換えた直球のオム・ファタールものです。ゲイの富豪が殺され、そのセクシュアリティを表に出さず犯人を見つけるよう捜査命令を受けた殺人課のチャベスが、協力を申し出た第一発見者である美しい青年警察官を囮にして犯人らしきゲイの男に近づかせるが……というプロットは完全に「定型」が意識されているものと思しい。そこに「暗闇の街の美しさ」と「揺らぐ時代に揺らぐマチズモ」という撮りたいものがはっきりと加わって、そういう映画は気持ちよく乗れてしまえばこっちのもの。ゾクッとするほど整った美青年の瞳のアップ→ベッドに腰掛けキャンディの包み紙をひらく青年を服装で警察官だと知らせる、同時に後ろに裸の男が眠っているのがわかる→彼が立ち上がるとその眠っているように見える男が血の海の中で死んでいるのが見える……という台詞のない一連の冒頭の流れで「それ」を説明してしまう情報提示にもうグッと掴まれてしまえば、あっというまの90分。
繰り返される計画停電による突然の消灯、拳銃、不眠症の息子、赤い車、白い馬、ネクタイ、メスのようなナイフ、白い粉、マッチと煙草といったアイテムも艶めかしく撮られ、80’sのディスコティック(Bizarre Love Triangle!)、非現実的な眠れぬ夜の街に堅気の主人公とともにうっとり酔わされるひととき。初心な表情のまま目ひとつで男を落とせる若く美しい男という前提にチノ・ダリンは充分応え、よろめいていく感情を同じく目で反射し返し続けるデミアン・ビチルも見事。私は都市の映画、官能的な悪夢性といったものにどうしても惹かれてしまうので、こういう映画はいくらでも見ていたくなります。

■クリスチャン・モルク『狼の王子』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
%e7%8b%bc%e3%81%ae%e7%8e%8b%e5%ad%90小説ではこちらのポケミスを。若い娘たちが生まれ故郷から遠く離れた場所で叔母に監禁され、毒を盛られ、弱り切った状態で最後の力で彼女を殺したときには既に遅かった……3人は何故死ななくてはならなかったのか。投函された奇妙な日記を偶然手に入れたコミック・アーティスト志望の郵便局員は、事件の背景にあった不思議な男の話を知る―― 原題はDARLING JIM。これを「狼の王子」にした邦題はなかなか良い趣味だと思います。ちょっと新ジャンル「トワイライト・ノワール」っていけるんでは、と思うようなパラノーマル・ロマンスのようなムードも、ただしこちらの魅力的な男の呪いにかけられた3姉妹と叔母が陥るのは容赦なく残酷な地獄。学校の先生であまり好きじゃない婚約者と面倒ながら付き合っている長女、ゴスっ子でレズビアンの次女、ヒッピー体質ですぐ男と関係を持ってしまう三女、敬虔なクリスチャンで、かつて男に捨てられてから不安定になった叔母。それぞれの“喪女性”とでもいうべきものの描出がとてもうまい。 アイルランドの田舎町、語り部として現れた美しくワイルドな謎めいた男と殺人事件、やがて彼を愛した女たちは彼に支配され……というタイプの運命の男と女たちという男女反転型オム・ファタール案件。非常にわかりやすい「悪女ものの性別反転型」です。謎の男ジムが酒場で披露される「狼に変えられた残虐な王子の神話」の語り手であり、彼自身が「狼」として描かれていく幻想的なイメージは……やっぱりトワイライト的といえなくもない、ような。
前半の男との出会いから地獄になだれこんでいく日記のパートが素晴らしく、視点の変わる後半からどうなるんだこれ、と思っていたら割と説明的になっていくので残念……と思っていたら、後半にも割ととんでもない展開が用意されています。少々やりすぎのような気もしましたが、そのサービス過剰も含めてニヤリとさせられる一品。

■『ピーキー・ブラインダーズ』のシーズン2以降
Peaky Blinders, Series 2『ガールフレンド・エクスペリエンス』はファム・ファタール視点のファム・ファタールものですが、実は『ピーキー・ブラインダーズ』もシーズン2以降は実は「オム・ファタール」ものを「オム・ファタール自身」を主役に据えて描くというツイストがかかったノワール(シーズン1はよりクラシカルでシンプルなノワール/ハードボイルド調です)。この作品の中で最も自分の性的な魅力を利用しているのはトミーだということを後半で明かしていく手際は見事というよりありませんでした。透明な哀しみ、中性的な感覚、酷薄な唇と何も映さない瞳、パーフェクトなオム・ファタールとしてのトミーを演じるキリアン・マーフィ、おそらくこれは生涯の当たり役。脆弱でタフ、青年にして老人、加害者で犠牲者、生者で亡霊。生きるも死ぬも他人事のような顔をしながら誰よりも深く心の傷を負いやすい男の二律背反、「境界線の男」としてそのようにしか生きられない空洞(それが「戦争」で穿たれた穴であることも重要です)を感じさせる「ノワールの主人公の男」でありながら自身が「運命の男」であるという二重構造!!

10518210代の頃、オム・ファタールという言葉は思いつかなかったものの初めて「なるほど性的な魅力を利用する男というのはこんなふうに描けるのか!」と思ったのはアンヌ・フォンテーヌ監督の『ドライ・クリーニング』。クリーニング屋夫婦のもとに現れ両方と関係を持つ青年をスタニスラス・メラールが蒼ざめた肌と暴力の気配とともに演じています。日本語版ポスターの「消せない痕(しみ)」は歴史に残る名惹句!男―男―女の三角関係の構造をつくるオム・ファタールもので、上記に挙げたものとはまた別の種類ですね。

そのほか、ザル・バドマングリ監督の『ザ・イースト』での環境テロリスト集団のリーダーであるアレクサンダー・スカルスガルドもある意味「謎めいていて、運命を変える男」としてオム・ファタール的といえるかもしれません。(ただし真剣に私は世界の仕組みを反転します、というパーソナルなSFをやり続ける不穏な才女ブリット・マーリングが脚本・主演のためその色は薄くなっていますが……)『キル・ユア・ダーリン』(この題材とタイトルでこのアプローチでいくという意外にも爽やかな青春譚でした)の傲慢かとおもえば痛々しく、どうしても突き放せなくなるような純情の表情を浮かべるとき最も美しくなるデイン・デハーンが演じた実在オム・ファタールとしてのルシアン・カーも記憶に新しいところ。

私は未見の作品もありますが、この記事で紹介されているものも興味深い。(さすがにルー・フォードが運命の男かというと違うんではという気もしますが、出会ったことが運の尽きという点でそういえなくもないのかしら…『バッド・エデュケーション』は明確にオム・ファタールものですね)
http://reelgood.com.au/articles/tall-dark-handsome-best-homme-fatales/

私は端的に言うと姿のいい男の人を綺麗に撮っている映画や鮮やかに輪郭を浮かび上がらせる小説が好きなのですが、このジャンルはまさにその宝庫。かつてのフィルム・ノワールのファム・ファタールとしての美女たちがそうであったように男性が恐ろしく美しく撮られうるジャンルとして、今後も注目していこうと思います。新たな名作が見つかったらまたここでご報告しますね。

さて。
最後にお知らせです。花園magazineを始めたときには予想もつかなかったのですが、4月から東京を離れることになりました。今回の紙版花園magazineのリリースをもって、私が編集メンバーとして参加するのは最後になります。(花園magazineには今後もかかわっていきますが、物理的に難しい部分もあるため、これまでのような形ではなくなるかと思います)立ち上げから協力・応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。とはいえ基本的に私生活はほぼインターネットの人として生きており、リアルにお友達の方のほとんどがツイッターなりこちらなりで関わっている方々なので、今後もインターネットのどこかには生息し続けますので、どうぞよろしくお付き合いくださいませ。また、今後も花園magazineをよろしくお願いいたします。

なお、詳細は未定なのですが、3月11日には都内で新刊リリース記念のささやかな集まりを開く予定です。ご興味ある方は紙版の通販のお申込みと同様の方法でお知らせください。よろしくお願いします!(@vertigonote)

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