【Movie】Girls in Cinema 2015 ~ヒロインたちのいるところ~

WILD - 2014 FILM STILL - Reese Witherspoon as "Cheryl Strayed" - Photo Credit: Anne Marie/Fox © 2014 Twentieth Century Fox

こんにちは、@vertigonoteです。2015年もそろそろ終わり。今年も花園magazineをご贔屓にしてくださった皆様、本当にありがとうございます。紙版花園magazineの通販受付もまだまだ行っておりますので、ご希望ありましたらお気軽にお問合せくださいませ。(詳細はこちらをご覧ください)
個人的に近年になく忙しい年で、本当にギリギリのところで趣味活動をしていたなあと思うのですが、それでもやっぱりその趣味、私の場合は映画になるのですがそれだけを活力にどうにか生活できた気がします。特に今年は「女性」の表現が大きく変わりつつあるのをさまざまな映画の中で感じることができ、また旧作においても色んなタイプの女性像を見ることができて、そのことが私の中で確実に糧になっているのを感じた1年でもありました。

というわけで今日は、今年見た映画のなかの私のお気に入りヒロインたちをご紹介いたします。

■リース・ウィザースプーン as シェリル・ストレイド 『私に会うまでの1600キロ』
Wild-reese-witherspoon心身ともにボロボロな女性がハードなパシフィック・トレイルを内省しながら歩いていく。ただそれだけの物語がこれほどに豊かな映画になることが驚きでした。不自由な世界のなかで自由を願う知性が身体とともに目覚めていく道程を過去と現在のシームレスな移行と幻視で語った技術も素晴らしいと思うのですが、私が信じられないほど泣き通したのはこれが「世界を愛せるまであと少し」の話であり、「パーソナルなところから世界と対峙する」決意と「娘」であることを受け入れながら越えていく話であり、しかもその世界との孤独な戦いが「女性として生きること」の戦いと同じ意味だったからなんだと思います。
私はここ数年ずっと「私の身体は誰のもの」――もとい「私の身体は私が取り戻す」戦いの話に惹かれ続けているのですが、傷だらけでその戦いから生還したシェリルを演じたリース・ウィザースプーンの小さな身体が忘れられません。モンスターのような大量の荷物で立ち上がるのも難しい状態から、痛みは残っても傷は乾いていくことを知るヒロイン。『グッド・ライ~いちばんやさしい嘘~』のさっぱりしたお姉さんぶりや『キューティー・コップ』での相変わらずのコメディセンスを見せつけるしゃべくり芸も良かったし、最近の彼女は第二のキャリアピークにきているのではないでしょうか。

■ヨーランディ・ヴィッサー as ヨーランディ 『チャッピー』
■シャーリーズ・セロン as フュリオサ『マッドマックス 怒りのデス・ロード』
■デイジー・リドリー as レイ 『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』
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今年は「自己決定の意思を獲得した少年兵と自ら武器を手にした女子の力」の映画の年として心に残る気がしています。『チャッピー』と『マッドマックス』に続いてSWでもこの構図だったのでもはやこれは時代の気分なのだなと。

■レベッカ・ファーガソン as イルサ 『ミッション・インポッシブル/ローグ・ネイション』
■スカーレット・オーバーキル 『ミニオンズ』
■シェイラ・ヴァンド as THE GIRL 『ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女』
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このあたりも最高に魅力的なアイコンでしたね。素晴らしくタフで優美なレベッカ・ファーガソンの乾いた情感。今年のかわゆみNo.1映画ミニオンズでの素敵にお洒落で凶暴でこのご時世に過去の記号的な女性悪役を文字通り「戯画化」して遊んでみたスカーレット・オーバーキルのチャーミング。どこにも存在しないアメリカのようなどこかの街で奇妙なダンスをふわふわふわと踊る、スケボーとボーダーTシャツとチャドルがトレードマークの少女吸血鬼譚がペルシャ語で語られる。これが2015年の気分。

■ジェシカ・チャステイン as アナ 『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』
chastaintoughであることに拘る「アメリカの女」アナを演じたジェシカ・チャステインも忘れがたいヒロイン。実はこれも「銃を手にすること」についての物語であって彼女が銃を持ったことが夫婦の関係のみならずすべての根幹を揺るがせる。夫婦であり同時に主権を奪いあう半身同士――映画全体がどこに向かうのか、その不確定要素を生んだオスカー・アイザックとのケミストリーも素晴らしかった『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』もとても好きな作品です。
ジェシカ・チャステインはつまり「アメリカのイヴ」を演じる人なのだとこの映画で確信。彼女はこの5年であっという間に「どうあることが正しいのか」のアメリカの女性たちのストラグルを象徴する存在になっている――『ツリー・オブ・ライフ』のお母さんも、『テイク・シェルター』の妻も『ゼロ・ダーク・サーティ』のマヤも、『インターステラー』のマーフも、そして今作アメリカン・ドリーマーのアナも、どこかで繋がっている――背負わされたあまりにも重い世界の終り、破滅の瞬間を一刻も遠ざけようと歯を食いしばって涙を零す、何もかもを覚悟した女。華奢な体でときに自ら世界に抗い、あるいは抗う者の傍に立つ女。私が彼女の大ファンであることとこの役柄の傾向はおそらく無縁ではない。

■マヤ・オスタシェフスカ as アンナ 『BODY/ボディ』
body_cialo_szumowska映画祭で出会った映画ではポーランド映画『BODY/ボディ』が仄かなユーモアと厳しさとあたたかさで世界に微笑みかける「見えぬけれども在るんだよ」映画でとても好きでした。身体と魂の距離が壊れてしまった接触障害の娘と死体を見慣れすぎた父が「この世の外側」にタッチできるセラピストのアンナさんに出会うお話なんですが、そのアンナさん役のマヤ・オスタシェフスカの素敵さったら!灰色の世界の中に光をもたらす赤い車、スモーキーピンクのコート、不思議な配色のベスト、首にかけた眼鏡。マンションの片隅で恋人たちがいちゃつく様子をそっと眺め、大きな黒犬と暮らす「ふつうのちょっとかわったおばさん」という感じなのだけど、何よりその「能力」を説得するのがあの声。mhm?の声が素敵で素敵で、ずっときいていたくなる!彼女が「もう春ね」って言葉を口にした瞬間にスクリーン越しに風が含む春の匂いを感じた。あの場所の匂いなんて知るはずもないのに。

■高峰秀子 as瀧本篤子 『朝の波紋』
朝の波紋旧作邦画にも良い女子映画との出会いがありました。『朝の波紋』は優しさにあふれた、初夏の日差しのようなさわやかで素敵な働く女子映画!戦争のときに喪ったものを振り切るように働く小さな貿易会社の英語ペラペラでよく気が付く社長秘書のアコちゃん(高峰秀子)と、ぼんやりしているようで本質を見ている同業大手勤めの裕福な家に育った心優しい学究肌、バリバリ働くのが苦手なイノさん(池部良)。二人とも互いに自分にない良さを認めた対等な関係なのが嬉しい、とても素敵なボーイ・ミーツ・ガールのキューティー旧作邦画部案件でした。
全く違うタイプの2人に共通しているのは、人間として他者より強くなくても立場が低くてもいいから「やさしくありたい」と願うヒューマニストだということ。そこに戦後まだ立ち直っている途上にある1952年という時期の切なる望みが重なっているようで胸いっぱい。デコちゃんは頑張り屋で嘘がつけないからこそ少しふくれっつら気味の表情で、ひとりで溜息ついて壁や柱にもたれかかるシルエットがいちばん素敵だと思います(よく色んな映画で、あんなふうにもたれかかってる気がする)。ダメ犬のペケも可愛かった。

■オッシー・オズヴァルダ as オッシー 『男になったら』
ossi特集上映「ルビッチ・タッチ」で見たなかではサイレント期の男装女子コメディ『男になったら』がいちばんのお気に入り。見事な45分の三幕芝居。常に視点が男装ヒロイン側、おばかさんに見えて彼女が決して主導権を奪われることなく、徹底的に騙しの主体として暴れまわって関係性を逆転させる痛快な映画でした。キスキスキス、ダンスダンスダンス、恋して酔って朝が来て。トムとジェリーを実写版で見ているかのような社交界のクレイジー!タヌキみたいなファニー・フェイス、明らかに度を超えたハイテンションで常軌を逸して浮かれ騒ぐオッシー・オズヴァルダ!
それにしても 恋に身を任せる瞬間の痺れるような快楽が泥酔した「タキシードの男同士」としての2人のキスと外套の取り違えによってもたらされるなんてなんて粋でセクシーなこと。

■イメルダ・スタウントンほか as ウェールズの炭鉱町のおばちゃんたち 『パレードへようこそ』
PRIDE『パレードへようこそ』は画面いっぱいの【PRIDE】の題字から胸打たれ続ける2時間でした。ディスコティックにWE SHALL OVERCOME SOMEDAYの希望を謳う、こういう映画を待っていた!年齢や故郷や性別やセクシュアリティを越えて手をとりあうことがユニオン旗に重なっていく素晴らしさ。しかもその映画が一種の「音楽映画」として展開される興奮ときたら!見終えたらきっと、誰かと握手して、キスして、ハグして、歌って踊って一緒に歩きたくなる。「誰かと手をつなぎたくなる映画は傑作」の法則!
「他者」と行き交うことがもたらす可能性を祝福する物語が私は本当に好きなのです。ああ、しかもそれがおばちゃんis最強というかたちで表明されるものであればなおのこと!背筋の伸びた女性たちが気持ちのいいフェアネスという名の風を吹かせるとき、それは映画という枠を超えて私たちが生きることそのものへの勇気につながる。 ああ、それにしてもイメルダ・スタウントンおばちゃんの最強ぶりの忘れ難さよ!「寝ないのかな……?」 に大笑いし、史上最も感動的なサンドイッチづくりに涙がこぼれる。それを勇気でも善意だとも思わず、「常識」「普通」の枷を飛び越えてピンクのバンで走り出すおばちゃんたちが最高にかっこいいし、 私もそうありたい。

来年もそんなふうに思える女子たちに、フィクションの内でも外でもたくさん出会える1年でありますように、と願いながら。それでは皆様、よいお年を! (@vertigonote)

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