【Movie】Life’s a Bitch/『フィッシュ・タンク』

こんばんは、@vertigonoteです。

昨年からテアトル系列で開催されている「三大映画祭週間」が今年も8月4日から始まります。本日私がご案内したいのは、そのなかでも必見の灰色のハードボイルド・ガール映画、アンドレア・アーノルド監督「フィッシュ・タンク」
この「何もない場所」でやり場のない怒りをダンスにぶつける15歳、たった一人で人生に立ち向かう主人公ミアのサヴァイヴァルな青春譚には一種のノワールの色もあって、胸をかきむしられること必至です。全身で苛立つ“怒れる女の子”が、キチキチに結わえたポニーテールを一度は解いて、けれどもう一度結びなおすまでの物語。

■荒廃した公営住宅が出てくる映画、というのは、ひとつのジャンルといってもよいでしょう。『憎しみ』『リリア 4ever』『狼たちの処刑台』(いずれも製作国が違うのですが)・・・忘れられない映画が私にも色々あります。何もしないで昼間から飲み続け、家に薬や酒やセックスを持ち込むことを当たり前にしている親。“ティーン”がつく前の年齢にして既に学校にいっている形跡もなく、ダーティ・ワードを連呼する子どもたち。パーカーのフードからギラギラした目を覗かせてサッカーボールを蹴る若い男の子たちや、彼らにくっついている目周りをべっとりと黒く縁取った若い女の子たち。彼らはいつだって不機嫌そうに、箱のような団地から遠くを眺めている。そんな風景を、映画や音楽――もしかしたら、自分のいた街で――見たことがある方も多いのではないでしょうか。

■このジャンルというのは作り手が“世の中”に対して深い諦念を伴う強烈な怒りを抱いた瞬間にしか描き得ないドラマを内包していて、だからどうしようもなく私は打ちのめされてしまいます。これもまさにその系統に連なる映画。冒頭から女友達の顔に全力で頭突きをくらわす“タフにならざるをえなかった”少女の戦いは、一人称視点で描かれていることもあり「痛くて、痛くて、痛い」としかいいようがありません。その肌触りを伝えるのに最もわかりやすいのは女子版の『SWEET SIXTEEN』と表現することでしょう。主人公ミア役の女の子ケイティ・ジャーヴィス――素晴らしく美しい顔をしていて、リリアのオクサナ・アキンシナと同じような力強い目をした、自分の綺麗さに全く気づいてない、全身から怒りがみなぎっているような子――がほとんど素人というのも、海辺の顛末の衝撃も、家族との関係も、色々SWEET SIXTEENと重なるところがあります(年齢としても“15歳の時期”が描かれているのも共通)。おそらく最初からアンドレア・アーノルドはそのつもりで撮ったんじゃないかしら。灰色の空の下、荒れた公団住宅の片隅。リアム少年にはフットボールがあって、ミアにはストリートダンスがあったということ。


■しかし、『SWEET SIXTEEN』にはなかったある要素がこの映画には濃く影を落としています。それが「性」の要素。冒頭で不良少年たちに力で押さえこまれそうになったミアが全力で暴れるいたいたしい姿。母の化粧台でいつもより濃いメイクをしてみるところ。母の新しい恋人コナーに抱えあげられたときやおんぶしてもらったときの穏やかな肌の温かみ(寝たふりしながら全身を緊張させている!)。大人の男の裸や耳元の香水の匂いへの動揺。まだ30代半ばの母の腰まわりの肉、小さな下着に乗った肉ののったりと重い生々しい動き。そしてダンス。“ヤシの木の壁紙”の前で、「そのほうが可愛いよ」といわれて髪を下ろした15歳が腰をくねらせて【夢のカリフォルニア】で踊るミア――

おそらくこれこそが同じ世代の男子と女子を描くといやおうなく出てきてしまう「格差」なんですよね。日常にセックスが絡んでくる度合いの深さは、こんなにも違う。繰り返し「あんたみたいなモンスターいらない」と母に邪険にされるミア自身が、性の呪わしさを背負って生まれてきてしまった存在なのも重要なことでしょう。

■だからこそ――この映画がラストに至る流れで「大人は判ってくれない」だった『SWEET SIXTEEN』とは違うルートに出て行くことができたのだ、と私は感じました。「あなたはまだ16なのに…」と言ってくれる肉親なんてミアにはいないのです。けれど。

■ミアの日常に突然現れた「母の恋人」コナー役には今や大人気のマイケル・ファスベンダー(この映画とHungerが彼の出世作となりました)。他の映画で見たときと声の印象が全く違う!ちょっとハンサムでセックスが得意というくらいの男性にしか見えないのだけれど、ミアが髪に触れられた瞬間に滲み出してくる感情の渦に説得力を与えたのも、セクシュアルなイメージをまとう役を得意とする彼ならではと言えるかもしれません。考えてみれば最近の代表的なハードボイルドガール映画であるところの『ジェーン・エア』でも頑なな女の子の心を開く役でしたね。ロチェスター役も、もしかしたら「この役があったからこそ」なのかも。

■映画全体で最もフィーチャーされている音楽はボビー・ウーマック版「夢のカリフォルニア」。「ここではないどこか」を求める者にどうしようもなく似合うせつないメロディ。しかし、最後に流れるのはこの曲ではなく、NasのLife’s a Bitch、というのが気にいりました。タフな背骨を持ったハードボイルドガール映画であることの証明。「あんたたちはわかってくれないだろうけど、こっちは少しだけならわかってやってもいいよ」とでもいうように少しだけ綻ぶミアの表情と、強烈に生意気な妹の台詞も泣かせます。

(公団映画の傑作『憎しみ』とのマッシュアップ。unofficialなMVです)

Life’s a bitch and then you die; that’s why we get high
Cause you never know when you’re gonna go

ガラッパチで、やることも結構エグい、到底良い子じゃないミア。一度は手に入れたと思った温もりの真実にボロボロに傷つくのみならず、その後自分でも予想してなかったことをしでかしてしまってどんどんすさまじいことになり、唯一の心の拠り所も失って――その現実を引き受けて、彼女は「私の戦場」を再び歩み始める。孤独と諦念と怒りに自分自身でケリをつけ、ふくれっつらにポニーテールでまた歩み出す少女自身の不敵な宣言のようにこの詞が聴こえてくるはず。その理由を、あなたも是非劇場で確かめてください。

上映劇場は、こちらから。http://sandaifestival.jp/theater.html (@vertigonote)

広告
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。