【Movie】都市は冥界で有る/『4人の食卓』

こんばんは、花園Magazineのダークサイド担当になりつつある@vertigonoteです。今夜は生ぬるい風が吹きつけ、ねっとりと湿った空気がまとわりつき、ときおり雨が窓ガラスを殴りつけています。こんな夜になぜか見たくなる気味の悪い映画があります。脚本に整合性が取れているとは言い難く、どんよりした気分ばかりが募り、キャラクターの感情もよくわからない――にもかかわらず惹かれてしまう不思議な怖い韓国映画『4人の食卓』(2003年)。

ある夜、最終電車で2人の少女が向かい合って寝ている姿を目撃した結婚を控えたインテリア・デザイナーのジョンウォン。その子どもたちが母親によって毒殺されていたことを知った翌日から、彼の部屋の食卓には2人の少女の姿が現れるようになります。恐ろしい死のイメージを伴った子どもたちはいったい、誰なのか?教会で会った美しいが陰気な女ヨンが解き明かす彼の過去とは?

ミステリーの要素はあるのだけれど、プロット自体は都市のフォークロアレベルを超えるものではありません。しかし、この映画の死の描写の恐ろしさは忘れ難いものがあります。冒頭の電車の中の少女たちの寝顔。主人公の夢と現実の境にあらわれる黒く焦げた子どもたち。母親にまとわりつく子どもたちが窓から投げ落とされ、マンションから飛び降りた女は大きく眼を見開く。どのシーンも生理的に嫌悪感を催すように撮られている。ごく当たり前の日常に突然亀裂が入って冥界に誘われるショック。いや、恐ろしいのは死の描写だけではありません。この映画のぼうっと煙るような画面の端々にはよくわからない禍々しさがある。赤い十字架。雨の高層ビル群。精神病院の記録テープ。モダンな食卓テーブル。何がどう怖いというのではない、なのに見ているだけでこちらが不安になるアイコン。そして「飛び降り自殺している人と目が合う」都市伝説と雨乞いの寓話。

私はこの作品、「ある種の女性が置かれる社会的環境」そのものの不気味さを描く作品として、実はかなり重要だと思ってもいます。(そう、だからこのサイトで取りあげたわけですが)「儒教的な家族と貞操の観念」と「キリスト教的聖母」が絡んだ「良き母/良き妻/良き娘」としてのっぺりと生きることを求められ、そこから背いた者は制裁を受ける社会の気配。その気配を全身に受け止めて、高層マンションの一室でぐらりと倒れるヨンの身体。あの崩れ落ちるような倒れ方に、ぐにゃりと画面が歪み、こちらもつられて「あちら側」に吸い込まれそうになる瞬間は忘れられません。主人公ジョンウォンのトラウマがヨンによって明かされたときの「信じること」で存在が肯定される、「信じたくない現実は現実じゃない」の言葉が痛い。影を否定することでしか、上層で生きていくことはできない、ならば――

タイトルに掲げた「都市は冥界で有る」とは坂東眞砂子の『桜雨』(これもクライマックスで「えっ、そういう話なの」という展開に驚くおもしろい女性小説でした)に登場した奇妙な題目。これをヴィジュアライズしたのがこの「四人の食卓』の世界観。トラウマ・ホラーの形式を取りながら、これは貧困の影をねじ伏せるようにして作られ、新興住宅地として成立した「都市」そのものが持つ禍々しさに触れた物語であり、少し前の時代までの貧困と悪夢がいつ現代に裂け目を作って流れ込んでくるかわからない緊張を孕んだ社会の不安を描いた物語。ただならぬ緊張感とたちこめている異様な闇の深さのなかに、女性たちの怨念を携えた街そのものが抱える死の影と絶望の色の濃さが見えてきます。
そういった種類の怖さに惹かれる方は一度ご覧になっていただければと思います。できれば、今夜のように陰気な雨と不気味な風が吹く真夜中に。(@vertigonote)

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