【Book】ウェルカム・トゥ・ザ・パーティ/「優雅な生活が最高の復讐である」

こんにちは。@vertigonoteです。

昨日、ウディ・アレン監督の『ミッドナイト・イン・パリ』を鑑賞してきました。この映画の主人公ギルは現代に倦んで1920年代という「アメリカ文化の黄金時代」に夢を見続けている作家志望の脚本家で、婚約者と旅行にやってきたパリでも恋人そっちのけで文学の名所に夢中。そんな彼が真夜中のパリで道に迷っていたところ、不思議な車がやってきて、連れて行かれた先は夢に見ていた憧れの1920年代パリのアメリカ人たちのサロン。パーティではコール・ポーターがピアノの前で歌い、ナイーヴなスコットと奔放なゼルダのフィッツジェラルド夫妻に目を見張り、ヘミングウェイに紹介されてガートルード・スタインに小説を見てもらい、そのサロンではピカソが新作を紹介していて、そのモデルとなっている絶世の美女アドリアナがいて……。

絵はがきのようなパリ、憧れの地としてのパリ(なんせギルは「セーヌ河のほとりをバケットを小脇に抱えてパリジャンのように歩きたい」などと抜かす男なのだ!)で「憧れの時代」に行けたなら。物語そのものはまるでシャンペンの泡のように儚く他愛無いクスクス笑いで出来た寓話で、ロマンティックながらもシニカル、というわかりやすくウディ・アレン節(というほど見てないですけど、慣用句としてお考えください)ですが、自覚的に煌めかせた「パリへの憧れ」がフレッシュでキュートな小品でした。

さて、『ミッドナイト・イン・パリ』は“憧れの黄金時代”を描きながらも「今がうまくいかないからといって、ノスタルジーに生きるな」を宣言する姿勢が魅力で「爺さん若いねー!」と嬉しくなる物語でしたが、しかしそうはいっても、ギルほどではなくとも1920年代パリで花開いたジェラルドとセーラのマーフィ夫妻がつくったサロン文化に特別な憧れがある人は多いでしょう。というか、私がそうです。
多くの人と同じように、私もこの時代のことはフィッツジェラルド経由でカルヴィン・トムキンズ の「優雅な生活が最高の復讐である」との出会いによって思い入れを持つこととなりました。この一冊のせつないまでの美しさについては、この映画をより楽しむために知っておいても損はないはず。文字がかなり大きめに作られていて、文庫でも250ページもない(そのうち半分くらいが写真)というささやかなこのドキュメントが、あの時代を知るうえでの基本に近い重要な資料となっていることは言うまでもありません。残念ながら絶版になっているようなのですが、比較的古本でも見かけると思うので見つけた折にはぜひ手にとっていただきたい素敵な一冊です。

                    

映画にこそ登場していませんが、このマーフィ夫妻が創った「パーティ」こそ、現代アメリカ文化および20世紀の芸術の原型を生みだした大きな要素であることが、この本のなかで明かされていきます。ギルならずとも「なんて儚くて美しい黄金時代!」と憧れる人が続出しそうなフランスとアメリカの熱愛期としての1920年代。コール・ポーター、エリック・サティ、ディアギレフ、ピカソ、レジェ、マン・レイ、ヘミングウェイ、そしてフィッツジェラルド夫妻……固有名詞を挙げるだけでも、あまりにもかわいらしく、あまりにも狂騒的で、あまりにもイノセントで、あまりにも刹那の煌めく時代だったことが窺えるというものでしょう。そしてそんな時代に、パリに渡った一組の裕福なアメリカ人夫妻の審美眼が「現代文化」の起点を作ったという奇跡!もうこれでときめかなくて何でときめけというのですか。キラキラと輝く避暑地のできごと。うつくしい「パーティ」が世界を変えたのです。夫妻がおそらくそれとも知らない間に。

「楽しかったのはパーティじゃない」とセーラは話している。
「みんなが、おたがいがとっても好きだったの。お友だちが好きで好きで、毎日会いたくてたまらなくて、そしてたいてい毎日会っていたのよ、大きなお祭りみたいなものね、みんな若かったし。」

ムーブメントの前夜の華やかさ、何も恐れるものはないという無敵のユースデイズ。けれど、祭は永遠には続かない。あるときを境に幸福な季節はゆるやかに崩壊していく……そして優雅な世界の亀裂と幸福な時代の崩壊のイメージに重ねて描かれるのがスコットとゼルダのフィッツジェラルド夫妻。彼らにスポットライトがあたるところはその悲劇が分かっていても読んでいて息がつまりそうになる。「知らなかった?あたしたち、大事に守りたいものなんて、ないのよ」自分の命さえも実感が得られなくなって狂っていく魅惑的なゼルダ。「ぼくよりもゼルダが好きなのか」ジェラルド・マーフィになりたかった憧れに躓き、破滅願望と幸福感で混乱したなかセーラに焦がれるスコット!もうまさにフィッツジェラルドの小説そのものの世界で忘れられないせつなさ。彼らに思いを馳せるだけで胸が疼いてなりません。『ミッドナイト・イン・パリ』でのトム・ヒドルストンとアリソン・ピルが演じたフィッツジェラルド夫妻(案外出番が多くふたりともキュート!)を想像しながら読んでも良いのではないでしょうか。絵的に割といいセンいってたと思います。

『GREAT GATSBY 3D』も話題となっている今、そろそろマーフィ夫妻の物語も映画化されたらいいのにな、と思います。私のなかでジェラルド・マーフィはアーミー・ハマーの一択。ハンサムすぎるかもしれませんが、後年明かされたジェラルドのセクシュアリティについてを踏まえてみてもあの映画を想起するものであるわけですし、彼が持つ「本物の優雅な鷹揚」感と「パーティ」の匂いは得がたい個性としてジェラルド・マーフィにふさわしいと思うのです。そういえば、彼の出世作だった『ソーシャル・ネットワーク』も“パーティについての物語”で、「あるアメリカの神話」としてフィッツジェラルド色が濃い作品でしたよね。なんて話も止まらなくなる私は、やはりあの時代のあの場所に憧れてやまない人間で、これからもきっとそうなのでしょう。 (@vertigonote)

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